#36: 合言葉、ボブ・ディラン、コーヒー

#36: 合言葉、ボブ・ディラン、コーヒー

おはようございます。今週はどんな一週間でしたか?

最近、アナエロビック・ファーメンテーションまたは嫌気性発酵と呼ばれる精製方法で処理されたコーヒーを飲む機会が増えてきました。最新号についてくるMAMEのサンプルコーヒーもこの方法で精製されており、シナモンやバナナ、トロピカルジュースのようなファンキーなフレーバーが生まれることで人気の発酵法です。

嫌気性発酵と言っても、発酵段階で嫌気的環境(酸素のない環境)を作る方法はいくつかあり、発酵タンクの中で自然に発生する炭酸ガスを使うもの、タンクに炭酸ガスを注入するもの(ボジョレーヌーボーでお馴染みの製法マセラシオン・カルボニック)、タンクを使わずにビニールなどで密閉するものなどがあります。発酵のタイミングや、長さ、チェリーのまま発酵させるのか果肉を除去した後に行うのか、発酵後に水洗するのか、そのまま天日干しするのか、などなどバリエーションは様々。この比較的新しい精製方法も、従来からある精製方法も、簡単に言ってしまうとコーヒー豆にいかにフレーバーを加えるのかというのが目的です。

精製方法の説明だけ並べると途端に難しく見えますが、嫌気性発酵自体は案外身近にあるものにも活用されています。例えば私はオーストラリアに住んでいたときにぬか漬けを作っていた時期がありました。このぬか漬けでも嫌気性発酵が起きているんです。ぬかと塩と水を混ぜ合わせて漬け床のペーストを作った後、ざっくりいうと乳酸菌が糖分を食べて活発になり酸性になったら(これで普通の微生物が寄ってこずに腐らない)、酵母が活発になり(温度が20~30度くらい)、漬ける野菜や人の手から移った細菌によって独自の生態系が作り出され、熟成が進んでいきます。味噌や醤油の発酵も似ていますね。酵母は嫌気的環境ではポジティブな風味を生み出しますが、好気的(空気のある)環境だとその生態系のバランスが崩れて腐敗が進んでしまったりします。結局、私のぬか床も旅行でかき混ぜるのを数日怠ったことで空気に触れる上面からカビにやられ、帰らぬぬかとなりました。

コーヒーの嫌気性発酵でも同じようなことが起こっていて、嫌気環境を好む細菌の活動を促し、さらに栽培地域に住み着く酵母によってあの独特なフレーバーや香りが生み出されるのです。

CropsterとNordic Approachが昨年末に開催したウェビナーで、この最新の精製方法に関する専門家や農家の方たちの説明を聞くことができます。精製は化学の世界で、とっても面白いのですが課題も多くあります。一番の問題は、コントロールが難しい特殊な精製方法を買い手や市場から求められることで農家の負担が増加するということ。ただこのウェビナーでオランダのバリスタ・焙煎士Lex Wenneker(Friedhats)さんが触れたもう一つの課題も気になりました。それは「精製技術が向上し、新しい技術が普及すればするほど、地域のテロワール(豆本来のフレーバー)が失われてしまうという危惧」です。豆に付加価値を加えて高く取引されるというメリットもある反面、どの地域でも似たような味が作り出せてしまうという消費国から見るとデメリットに感じられる側面もあります。

みなさんは、どう思われますか?

編集長 Toshi



 

This Week in Coffee 
世界のコーヒーニュース

Is simple best?

以前のニュースレターで、コーヒー生産国における栽培・焙煎・流通をまとめた垂直型ビジネスについてご紹介しました。生産者の焙煎業への参加は、収益増加やモチベーションアップにつながるだけでなく、消費者が持続可能な商品の選択・購入ができるようになるなど好循環を生み出すのではと期待されています。そのメリットに気づいた消費国のロースターの中には生産国に焙煎所を設けるところも出てきていますが、これまで積極的な取り組みを見せているのは小・中規模ロースターで、大手企業は参入に消極的とのこと。

こちらの記事では、「関税」と「品質管理」の課題がその背景にあると述べられています。例えば日本の場合、生豆は免税対象ながら、焙煎豆の輸入には20%の関税がかかります。さらに輸送の遅れや、最近でいえばコンテナ不足といった問題が起きれば焙煎豆の鮮度が損なわれるため、品質リスクという大きなコストもそこに上乗せされるとのこと。近年ではパッケージの技術革新も進んでいますが、焙煎業務を生産国へ移すよりも既存のインフラを利用した方が効率的なため、特にこれまで設備や消費国内のサプライチェーンの構築に多大な投資を行ってきた大手企業は構造変革に手を出しづらいのです。

つまり問題の原因は取り組みそのものよりも、モデルのスケールアップを妨げる既存の枠組みにあるということ。長期的に持続可能な社会を実現するためには、「社会」という概念の範囲を広げ、少しずつ再分配を進めていくことが不可欠なのです。

 

セーフスペースをつくるもの

バンクーバーのとあるコーヒーショップが、新たにドリンクメニューに追加した「non-fat Americano」。水とエスプレッソで作られるアメリカーノには、普通であればミルクのような「non-fat (無脂肪)」という選択肢はありません。この一見矛盾するドリンクメニュー、実はストーカー被害に遭っている人が店員以外に悟られることなく助けを求められるよう生まれた「合言葉」なのです。オーナーのStuartさんはソーシャルメディアでストーカー被害の動画を見かけ、コーヒーショップが万人の「セーフスペース」であるべきだと感じ、このメニューを考案したのだそう。

UN Women UKの発表によると、英国に住む18~24歳の女性のうちなんと86%が公共の場でセクシャルハラスメントを経験したことがあるとのこと。さらに別の調査では、セクハラを受けた女性の96%は被害を報告せず、その内の45%は「報告しても何も変わらない」と回答したとされています。声をあげても「過剰反応」と見なされてしまったり、職場にいづらくなったりするなど、社会的な圧力がその背景にあるようです。

Stuartさんは他の小売店もセーフスペースの提供に取り組んでほしいと願うとともに、最終的にはこのメニューを注文する必要がない社会が一番だと語っています。公共空間がすべての人々にとって「安全な空間」として開かれるためには、たとえ加害者は一部の人間であっても、恐怖を感じる人は比較にならないほど大勢いるという不均衡な現実を、社会全体が受け止める必要があるのです。

 

その他の気になるニュース

▷  生豆商社Cafe Importsがロースターの関係強化を目指すプログラムLegendary Coffee Exchangeを開始。ランダムにマッチしたロースターが互いの豆を交換し、ビデオ通話やメールで意見交換できるとのこと。

▷  スターバックスが 2030年までに取り扱う生豆をカーボンニュートラルにする計画を発表。同社は排出資源より多くの資源供給を行う「リソースポジティブ」を掲げており、精製過程における水の使用量半減も目標の一つとのこと。

▷  ポップス界のリヴィングレジェンド、トム・ジョーンズが、ボブ・ディランの『One More Cup of Coffee』のカバーをリリース。同曲は今年4月、約6年ぶりに発売されるアルバム『Surrounded by Time』に収録予定。

▷  中国のインスタント・スペシャルティコーヒー・ブランドが、設立数年で複数の大型資金調達に成功。主力商品であるドーナツ型ドリップバックをはじめ、見た目と使いやすさを追求した商品が人気のようです。

▷  $5,705.70 (約60万円)の世界一高いシナモンドルチェ・ラテ、と思いきや、実は店員が元値の$5.70を誤って二度打ちしてしまったという事件が発生。電子決済記録のチェックはお忘れなく。

 

What We're Drinking
今週のコーヒー

 

Cafe FUJINUMA
栃木

2013年、栃木県小山駅西口の寂れた通りに産声をあげた。 NEW STANDARD From OYAMA を理念に、小山を面白い街にするべく奔走中。 COFFEE & BEERをメインテーマに掲げ、自家焙煎のスペシャルティコーヒーとブリュワリー出身者がセレクトしたクラフトビールが楽しめる。

生産者:
Jorge Raul Rivera

生産地域:
エルサルバドル、チャラテナンゴ、サンイグナシオ市(地図

品種:
パカマラ

精製方法:
ハニープロセス

テイスティングノート:
クラフトチョコレート、プラム、パイナップル、ブラックベリー、ブラウンシュガー

編集長のコメント:
完熟したバナナとフレッシュなパイナップルをあっさり目のヨーグルトにミックスしたような、爽やかかつ濃密なフレーバー。綺麗な酸が印象的です。カカオのニュアンスを終始感じ、バンドでいうところのベースの役割を果たしているように一体感のあるグルーブを生み出しています。後味に感じる乳酸っぽさが長く続き、少し温度が下がってくると丸みを帯びたフレーバーが本当に心地よく口の中に馴染みます。個人的に大好きなアイス「しっとるけ」を食べた後のような爽快さがあり、たまりません。


Inspiration
おすすめの本、映画、音楽、アート

Whereisthecool Magazine
リンク

「Where is the Cool?(クールなものはどこにある?)」というタイトルが大きく印刷された表紙をめくって、すぐ目に飛び込んでくるのが「良い問いだ。その答えを、この気取った雑誌に委ねてみてはどうだろう」というフレーズ。Whereisthecool Magazineは、クールなものだけが詰まったインディペンデント雑誌です。いやいや「クールなもの」って何? と感じたあなたにちょっとだけ中身をお伝えすると、最新号では「夫の服を着るハートブレイカーの全身」や「整えられていないマークヘルドのベッドの中」などがクールなものが隠れる場所として紹介されています。余計混乱したかもしれませんが、1ページ目のフレーズ通り自分なりの「クール」の定義を一旦捨てて、この雑誌にその言葉を委ねてみるときっと新しい世界が見えてくる……はず。ちなみに、日本語の「カッコいい」については平野啓一郎さんの『「カッコいい」とは何か』がおすすめです。


Brewing with…
あの人のコーヒーレシピ 

 

久保木 舞

大学卒業後、着物販売員として岡山で3年勤務ののちインテリア会社の事務を経てLEAVES COFFEE代表 石井と出会い飲食の道へ。最近ハマっているのは、友達とヒューマンフォールフラット(Nintendo Switchのアクションパズルゲーム)をやること。それからアイススケート。

セットアップ:
抽出器具:Hario V60
豆量:12g
湯量:192g
挽き目:EK 12.5 / wilfa AeropressのAのところ
抽出温度:88℃
抽出時間:2:00

手順:

  1. ペーパーをリンスし、粉を入れ流路を作りならす
  2. 40ccお湯を注ぎ40秒蒸らす
  3. 蒸らし後は一投で160ccまでは縁の少し内側を30秒かけてゆっくり回しながら注ぐ
  4. 最後の30ccは中心一点投下で落とし切り

    ポイント:

    ▷ 粉を挽いた後は、微粉、チャフを取り除くと 雑味の無いクリーンな味に。
    ▷ 粉をセットしたら、爪楊枝など先端の細い物で中心から螺旋状にクルクルと回し流路を作ると、コーヒーベッドを平らにできるだけでなく、お湯の通り道が出来て粉全体にお湯が行き渡り易くなり、湯溜まりを防げます。
    ▷ このレシピにはアバカペーパーフィルターがオススメです!

          一言:
          コーヒーの持つ甘さとクリーンさを引き出せる蒸らし後一投の簡単レシピです‼︎


           

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          今週の The Weekend Brew は Standart Japan 第15号スポンサーの 兼松株式会社、パートナーの Victoria Arduino x トーエイ工業Paradise Coffee RoastersPrana ChaiTypicaのサポートでお届けしました。

          LOVE & COFFEE✌️
          Standart Japan
          (執筆・編集:Takaya & Atsushi)