About us
印刷されたばかりのStandartを初めて手にしたときのことは、今もはっきりと覚えています。あれは5年前のこと。ローンチパーティーの会場があるベルリンへ向かう道中に、私たちは大事な雑誌を受け取るため印刷工場を訪れました。外では雪とみぞれが荒々しく地面を打ち、このままでは遅刻が確実。
それぞれのメンバーが両腕で持てるだけの雑誌を抱え、エンジンがかかったままの車のトランクに投げ込み、大急ぎで会場へ向かいました。
初めて手にするStandartのページを不安げな面持ちでめくり、誤字や脱字がないかをチェックする後部席に座ったメンバー——もちろん数え切れないほどの間違いがありました。渋滞につかまりながらも、頭の中はStandartを手にとった人たちがどんな反応をするだろうという妄想でいっぱいです。正直、自分が「スペシャルティコーヒーのカルチャーを伝えるインディペンデント雑誌を作るのが仕事です」なんて馬鹿げた言葉を発する日が来るなんて、夢にも思いませんでした。
でも私たちのようにそれを求める人は確かに存在したのです。
2015年に生まれたStandartは、今や日本、オランダ、ロシア、ジョージア、スロバキア、イギリスに住むメンバーから成るフルリモート企業へと成長しました。
言語別に4つのバージョンを発刊し、モスクワ、ニューヨーク、ロンドン、京都と世界各地で読者やパートナー、ファンと一緒にイベントを開催しています。
読者はコーヒーの仕事に携わる人だけでなく、コーヒーラバーや、アーティスト、ライター、雑誌愛好家など多岐にわたり、米メディアSprudgeが毎年開催する「Sprudgie Awards」では2017、2018、2019年と3年連続で「Best Coffee Magazine」に選出されました。
創刊当時から変わらないStandartのゴールは、ジャーナリスティックな視点から生まれる、人にフォーカスした妥協のないコンテンツを世界中に届けるということ。
この人間的なアプローチはStandartにまつわる体験すべてに共通しています。一杯のコーヒーができるまでの過程から、人間の感情や感覚を取り除くことはできません。だからこそ私たちは電子媒体で溢れる現代に、触れて感知できる喜びを伝えるため、すべての記事を紙媒体の形で発行し、文章とイラストと写真を通してコーヒーの世界で日々生まれるさまざまな物語をそのままの温度でお届けしようとしているのです。
物理的な商品であるStandartを看板に掲げる私たちは、定期購読による直接販売とお取扱店での委託販売、さらにはパートナーとのコラボレーションを通して収益をあげています。つまり、ある1つの収益源がStandartの方向性に影響を及ぼすことはありません。このような収益構造を保つことで、私たちはStandartのコアバリューを基に自由な選択ができるのです。
印刷物の制作には多大なコストがかかることもあり、何を誌面に掲載するか、そしてしないかについて真剣に考えなければいけません。何より、一旦印刷して世に出たものを回収することはほぼ不可能です。だからこそ、コンテンツのキュレーションや編集、そしてビジュアル要素の選定には細心の注意を払っています。
読者への愛と尊敬もStandartを形作る要素の1つです。私たちはステレオタイプやカテゴリーに囚われた考えにNOを突きつけます——社会的なバックグラウンドや教育水準、収入など一部の側面から見ただけでも一人ひとりは大きく異なります。コーヒーラバーやコーヒー業界で働く人たちだけでなく、そんな多種多様な人たちにStandartとの、さらには読者同士の会話に参加してほしいのです。そもそもスペシャルティコーヒーというものは、一部の専門家だけが楽しめるグラマラスで縁遠いものではなく、むしろ誰もが楽しみながら味わえるものですから。
私たちはコーヒーを、無数の道が交わる交差点のようなものとして捉えています。そこでは持続可能性や経済的エンパワメント、個人の成長、人とアイディアの自由な流れといった、それぞれのメンバーが大事にする価値が集結し、守られています。個々のメンバーの成長とQOLを最優先する新しい形のビジネス、そしてそれを持続的に成長させるために日々努力するメンバー。それがStandartです。
メールの次はInstagramをチェック、その後はTwitter——身の回りから消えることのないスクリーンが日々私たちの集中を阻害し、不安レベルを上げ続けています。でも本当の意味で良いコンテンツというものは、座って時間をかけて色んな角度から楽しむ価値があるはず。周囲に溢れるノイズを遮断しリラックスしながら会話を楽しむ——コーヒーが何世紀にもわたって生み出してきたそんな時間を、Standartも作っていきたいのです。
コーヒーの世界にはまだ人の目や耳に届いていない大切な声が無数に存在します。私たちStandartは、これからも時間と労力と、それから紙とインクを使うだけの価値がある課題、物語、意見に、冷静かつ熱狂的にスポットライトを当て続けていきます。
Michal Molcan
Standart創刊編集長