待ち続ける者のみが手にする成功

待ち続ける者のみが手にする成功

セラードの大地が夕暮れに染まり始める中、私は広大な敷地にそびえ立つDaterraのウェットミルの上に立ち、辺りの景色を見下ろしながら物思いにふけっていました。暮れゆく日の光が最新鋭の精密技術がつまったこの3階建ての施設の隙間から差し込み、スチール製の水路を勢いよく流れる水に反射してきらめいています。

「コーヒーのディズニーランドみたいな場所だよ」——私がDaterraを訪れることを知った友人が放ったこの言葉に間違いはありませんでした。ブラックライトを使って選別されたコーヒー豆が、ものすごい勢いでパイプの中を流れていき、重さや大きさによってふるい分けられた後、銀色に輝くペンタボックスに真空パックされていきます。Daterraへの訪問は、技術や研究開発によってすばらしいフレーバーが生み出されるということ、そして人間の創意工夫やチームワークがコーヒー体験や官能特性に表れるということを実感させられる1日となりました。

自然の営みと栽培の関係

Daterraは極めて良質なコーヒーを生産する農園として定評があります。その証拠に、過去のバリスタ競技会の記録を見てみると、数々のバリスタがここで栽培されたコーヒー豆を使用してきたことがわかります。それと同時にこの農園は、コーヒー栽培の技術革新に取り組んでいることでも有名です。特に高評価を得たDaterraのコーヒー豆の多くは実験的なロットで、他の農園では目にすることのない独自の栽培・精製方法で生産されています。そのような取り組みに必要な技術へ投資できる農園はDaterra以外にほとんど存在せず、もし投資できたとしても、同じレベルの結果を出すためにはおそらく数十年の歳月を要します。確かに、技術やイノベーションを活用し、それをさらに発展させれば、良質なコーヒーの生産につながるでしょう。しかし忘れてはならないのが、コーヒーノキの声に耳を傾けるということです。数十年にわたってその声に耳を傾け続けることでDaterraが何を得たのか、そしてあらゆる物事を決めるのはコーヒーノキ自身であるということが、この農園を訪れて初めてわかりました。

この自然と技術との関係をもっとよく理解するため、私はDaterraが最近手がけた品種、ローリナ(Laurina)種について調べてみることにしました。ローリナ種とは、ブルボン・ポワントゥ(Bourbon Pointu)とも呼ばれるカフェイン含有量がもともと少ない品種で、2016年にブラジル産コーヒーとして史上最高価格で落札されて以来、注目を集めています。その至福の味わいを堪能することができるのは、まだ一部のラッキーなコーヒーファンのみ。2018年のワールド・ブリュワーズ・カップで、深堀絵美氏に優勝トロフィーをもたらしたコーヒーとしても知られています。まだ生産量が限られていて希少なローリナ種ですが、もっと多くのコーヒーファンが味わえるようになる日も遠くはないでしょう。

日々、目まぐるしく移り変わる現代社会において、私たちは常に目新しい物や新たな刺激を追い求め、次から次へと最高の物を探し続けます。人々の興味をかき立て、ワクワクさせるような新しいフレーバーを持つ新たなコーヒーが見つかれば——きっとそれは、今すぐにでも見つけることができるのでしょう——それでミッションは完了。息つく暇もなくまた新たなコーヒーを探す旅へと出るのです。しかし自然には自然の時間の流れがあり、それは必ずしも消費者の時間の流れとは重なりません。英語の「Good things come to those who wait」(良いことは待つ者のところに訪れる、「果報は寝て待て」の意味)ということわざの通り、ローリナのようなすばらしいコーヒーの場合、焦らず待ち続けた者のみが成功を手にすることができるのです。

 

研究と実験

「ローリナ種を語るうえでまず理解しなければならないのが、時間の問題についてです」と語るのは、Daterraの市場開発マネージャーであるGabriel Agrelli氏。これは、ローリナに限らずどんなコーヒーの栽培についても言えることです。そしてその時間の概念を理解する際にポイントとなるのが、「実験」と「研究」の違いについて。

「研究」とは管理された環境で行われる長期的なプロセスであり、その主導権はコーヒーノキ自体が握っています。一刻も早く結果を知りたい、と研究者や科学者がどれだけ焦ったところで、研究は自然の成長スピードでしか進みません。

Daterraがその試験区画にローリナ種を植えたのは、共同研究プロジェクトのためでした。先のとがった特徴的な葉の形からブルボン・ポワントゥ(とがったブルボン)とも呼ばれるローリナ種は、もともとレユニオン島で栽培されていたコーヒーで、長い月日をかけてブルボンが自然変異したものです。この変異によって、カフェイン含有量が少なく、甘みの強い(もしくは苦みの少ない)コーヒーが生まれました。「とんでもなく腕の悪いバリスタでない限り、この豆で苦みの強いコーヒーを淹れることは不可能」なほど、ローリナ種は甘みの強い品種だとGabrielは言います。しかしカフェイン含有量が少ないということは、病害虫に弱いということ。そのため、この品種は絶滅寸前まで追い込まれます。そんなローリナ種を守るため、レユニオン島の自治体は世界中の研究機関や農園にその苗木を配布しました。これを受け、Daterraはカンピーナス農業試験場とilly Caféと共同プロジェクトを立ち上げ、繊細なこの品種の商業生産の可能性を探ることになったのです。

レユニオン島のユニークなテロワールに適応したローリナは繊細な品種であるため、プロジェクトは慎重に慎重を重ねて進められました。ほんの数本しかない試験苗がDaterraの農園に植えられたのは1995年のこと。それから待ち続けること2年半。試験苗が実をつけ始め、プロジェクトチームはようやくそのコーヒーの味を確かめることができました。「Daterraが招集した熟練テイスターから『アリに食われているけど、コーヒーの味はこの上なくすばらしい』というお墨付きを得た私たちは、このコーヒーノキにかけてみることにしたのです」とGabrielは言います。それからさらに3年間栽培を続け、このコーヒーが「すばらしい」以外の何ものでもないことがわかると、Daterraのチームはその土地のテロワールに最も適応した表現型が見られる木を選び、別のエリアに植えました。そしてローリナの木にチェリーが実るたび、生育の良い木だけを選んでマイクロテロワールの異なる区画に植える、ということを繰り返し、コーヒーの質と生育に影響を及ぼす変数を増やしていったのです。

ローリナが環境に適応し、このコーヒーを市場に送り出すことができると研究チームが確信したのは、最初の試験苗を植えた日から実に21年が経った頃でした。「幼稚園児だったコーヒーノキが大学生になるようなものね」と笑いながら話すのは、Daterraのマーケティング評価担当であるJulianaです。「甘やかされて育った子たち」と彼女が呼ぶ通り、ローリナの木はこの農園でずっと至れり尽くせりの世話を受けてきました。研究者や農学者たちが常にサンプルを採取して健康状態を確認し、発育を測定・検査してきたのです。これは、膨大な時間と費用だけでなく、多くの人々の協力を要する気の遠くなるようなプロセスです。ローリナ種は特に甘やかされて育ったという意味では例外かもしれませんが、商品化までにかかった21年という歳月自体は決して特別なことではありません。ある特性を持つ品種の研究を続ける価値があるかどうかを見極めたり、何か新しい驚くべきもの、あるいはやっかいな問題や課題が出てくるかどうかを確かめたりするためには、何度も苗木を植え、試験収穫する必要があるため、長い年月を要するのです。Daterraでは、どんな品種の研究プロジェクトでも、苗木を植えてから選抜し、また植え付けるというプロセスに少なくとも6年以上の時間を費やします。

ローリナのような新品種を市場に送り出すために必要なプロセスが、もうひとつあります。それは実験です。実験とは主に収穫後の工程で行われ、研究ほど時間はかかりません。Daterraのチームが投げかける疑問や仮説から、実験のアイディアが浮かぶことも多いようです。この楽しいプロセスについて、Gabrielが笑顔で説明してくれました。「例えば、月の光でコーヒーチェリーを発酵させてみたらどうだろう? ひと味違うテイストが生まれるかもしれない、という具合にアイディアを出します。そうしたら、2つの樽にチェリーを入れて、一方には太陽の光を当てて、もう一方には月の光に当ててみる。そしてこの2種類のコーヒー飲み比べる、というプロセスを何回か繰り返します。このような実験であれば、2週間もあればできるでしょう。でも研究プロジェクトは12年や15年、18年、場合によってはもっとかかることもあります」。新種のコーヒーの研究は数十年というスパンで行われるのに対して、実験の場合は過去の実験結果を活用できることが多く、ひとつの実験に要する期間は比較的短めです。

だからと言って実験は簡単なわけでも、厳しい管理が不要なわけでもありません。ローリナの精製方法は、それまでに行ってきた数々の実験の集大成と言えます。2013年、プロジェクトチームはさまざまな嫌気性発酵法の実験を始めました。ブラジル産コーヒーといえば、通常はあまり酸味のイメージがありませんが、当時、消費者に人気のあったフレーバープロファイルに合わせるため、コーヒー豆の酸味を増幅させる方法を模索していたのです。このアイディアを思いついたきっかけは、Daterraと長年取引があるパリのCafé Lomiのチームがボジョレーワインのファンだったことです。

Gabrielいわく、ボジョレーはかつて「たいして評価の高くない、ありきたりなテーブルワイン」の生産地域だったそう。「ところがそのボジョレーで収穫されたブドウからマセラシオン・カルボニック(英語ではカーボニック・マセレーション)という手法でワインが醸造されるようになり、バナナやトロピカルフルーツといった、ワインには珍しい魅力的なフレーバーが生まれました。かつてのボジョレーワインに対する消費者の評価は、ブラジルコーヒーの状況と似ているところがあります。そこで『私たちも同じことをやってみたらどうか』となり、Lomiに協力してもらってこのワイン作りの手法をコーヒーに応用することにしたのです」。研究と実験の積み重ねによりローリナの「セミ・カーボニック・マセレーション」という精製方法にたどり着いたとき、Daterraのチームは成功を確信しました。「出来上がったコーヒーを飲んでみると、それまで飲んだことのあるどのコーヒーよりもおいしかったんです。その瞬間、私たちはプロジェクトの成功を確信しました」とGabrielは当時を振り返ります。

 

未来のフレーバー

Daterraの品質管理責任者であるRenatoは、これまでにずいぶんたくさんのコーヒーを飲んできました。平均すると、その数なんと年に2万杯以上! Daterraでカップテイスターを務めて8年になるRenato。消費者がどんなコーヒーを求め、これまでにどんなフレーバーが人気だったかを把握している人物がいるとしたら、彼以外に考えられません。

「人気のフレーバーはころころ変わります。チョコレートを思わせるナチュラルプロセスのコーヒーが人気かと思えば、酸味が強く、すっきりとした味わいと甘みが特徴のウォッシュトが流行り始め、その次はフルーティーさの中に複雑でしっかりとしたコクのあるナチュラル、そして今は発酵させたコーヒー。強い酸味の中に甘みが感じられる、アルコールのようなあのフレーバーが人気です。発酵コーヒーのトレンドはこれからもしばらく続き、ボディと酸味と甘みのバランスが求められると私は思います」。このRenatoの言葉を聞いて、私はほっとしました。というのも、彼が言うようなフレーバープロファイルのコーヒーを生み出すために、多くの農家や協同組合が相当な費用と手間をかけてきたからです。それにもかかわらず、新たな消費者ニーズに応えるためにまたすぐに方向転換しなければならない、というような事態はどうやら避けられそうです。また、発酵コーヒーを作るということは、収穫後の工程でさまざまな実験や工夫を試みるチャンスが広がることを意味しています。つまり、これからも画期的なフレーバーがどんどん登場するということです。

Daterraのような大規模農園に対して、コーヒー輸入国の消費者はある種懐疑的な見方をしてきました。未だ世の中にはびこるコーヒー産地のロマンチックなイメージと大規模農園のイメージが相容れないからです。しかしDaterraは大規模でありながらも、人間味あふれる農園です。何か失敗したとしても、ここではその失敗を吸収することができます。例えば、ローリナ種の商業生産を可能にするために費やした数十年の間に、Daterra200ヘクタール以上のコーヒーノキを失いました。小規模農家であれば経営が行き詰まり、破産に陥っていたことでしょう。「農園の持つリソースとパートナーの力を借りて、新たな品種がこの地域のテロワールに適応するかどうかを確かめることは、自分たちが他の農家に対して果たすべき義務である」とDaterraは考えています。そして、その結果生まれた品種をその土地で安定的に栽培できるようになった暁には、Daterraはその品種の独占権を手放すのです。これについてJulianaは次のように説明します。

「今後、ローリナは商業品種となり、多くの農家が栽培できるようになるでしょう。他の農家が将来的にこのようなコーヒーを栽培し、それによって収入アップを図ることができるように道を切り開くことが、私たちの責任だと思っています」。品種開発だけでなく、生産現場で生み出されるサステナビリティへの取り組みや技術革新、最新設備についても同じことが言えます。Daterraは膨大な費用と時間を投じることができる立場にあります。フレーバーやクオリティに対する消費者のニーズを満たす新たなコーヒーを作り出し、栽培するために時間をかけることが、Daterraにはできるのです。

ウェットミルの上に張り巡らされた通路からは、辺り一面に広がる素晴らしい景色が一望できます。ぐるりと見回すと、堆肥場を囲むように生い茂るバナナの木が目に入ってきました。酸性の土壌を好むバナナの木が、コーヒーノキを守る天然の盾となっているのです。少し横に視線を移すと、その堆肥で作った畑が見えます。これは、農園を訪れる顧客と労働者が食べる作物を育てる菜園です(今まで見たことがないような巨大なレタスがなっていました)。別の方角に目を向けてみると、ウォッシングステーションから流れてきた水を処理しているところをこっそり見ることができます。精製に使用した水を処理して、農園内で再利用しているのです。これらの景色のさらに奥に広がっているのが、コーヒー農園です。この広大なコーヒー農園は、商業用の栽培区画、特定のエアルーム品種を保護するための区画、そして実験を行ったり、世界各地の科学者やコーヒーファンと共同プロジェクトを行ったりするための区画、というようにエリア分けされています。農園の奥に広がるのはセラードの大地。そのはるか彼方にあるブラジル国境、そしてその先まで見渡せそうな壮大な景色を眺めながら、私はもう少し物思いにふけるのでした。

(執筆:Sabine Parrish)