つながりのそばには、いつもコーヒーがある——単なる飲み物を超えたこの一杯が、地域やコミュニティを動かす“ギア”となり、今日もまた、世界中にポジティブな循環を生み出しているでしょう。サンフランシスコべイエリア、そして太平洋を越えた東京には、そのサイクルを自らの足で紡ぐコーヒーメッセンジャーたちの姿があります。

運ぶ者たちの物語
一杯のコーヒーの軌跡をたどると、さまざまな人たちの姿が浮かんでくる——コーヒーチェリーを育てる生産者、生豆を焙煎するロースター、最適な抽出と提供を担うバリスタ。けれど、街を歩いて鼻をかすめるコーヒーの香りには、そんな一杯を “運ぶ者たち” の物語も潜んでいるのかもしれない。
今年 3 月、東京と千葉の県境に位置する葛飾区・金町の街に、8 階建ての複合施設「レイオーバー金町」が完成した。 運営するのは、アウトドアやサイクルブランドの輸入代理店を手がける有限会社サンウエスト(以下、サンウエスト)。その 1 階に入居しているのが、米国オークランド発のコーヒーメッセンジャー集団として知られる Bicycle Coffeeの日本支店、Bicycle Coffee Tokyo だ。「まだ夢の中にいるみたいだよ。オークランドの小さな倉庫から始まった僕らの自転車とコーヒーの物語が、こうして海を渡って日本にまで広がっているなんてね」と Bicycle Coffee の創業者兼オーナー、マシュー・マッキー(以下、マット)は話す。
Bicycle Coffee は、「持続可能なコーヒーを、持続可能な形で届ける」を掲げ、カリフォルニア州オークランドで誕生したコーヒーブランド。そのミッション通り、農家と環境に配慮した方法で育てられたフェアトレードコーヒーのみを販売しているが、中でも特筆すべきは卸先への配送手段である——なんと、トレーラー付きの自転車を使い、CO2 を一切排出せず、自らの “足” でコーヒー豆を届けているのだ。「コロナ前までは、すべてのコーヒーを自転車で届けていたよ」とマット。「パンデミック以降は EC サイトを立ち上げたけど、それまでは自転車で配達できるサンフランシスコベイエリア以外からの注文はすべて断っていた。目先の利益よりも、自分たちが大切にしたいやり方やポリシーを貫くことがずっと大事だったからね。両親に渡すコーヒーですら、シアトルに帰るときにバッグに詰めて持って帰っていたよ」
コーヒーメッセンジャーの誕生
3 兄弟の長男であるマットは、セカンドウェーブ発祥の地・シアトルで生まれ、大学進学とともに、サードウェーブの中心地のひとつであるカリフォルニア州のオークランドへと移り住んだ。大の自転車好きで、一時はメッセンジャーバッグブランドのデザイン業務を手がけていたという彼の人生がその黒い液体と本格的に交差したのは、思いがけないオリジントリップがきっかけだったとマットは振り返る。「ある日、仕事に追われる生活に限界を感じて、兄弟たちと話し合ったんだ。その中で、『森の中にツリーハウスを建てて、自然と共にゆっくり暮らしたい』という案が生まれて全員が乗り気になり、すぐに下見のため南米のパナマへ向かった。 そのとき偶然訪れたのが、パナマ・ゲシャ発祥の地として知られるボケテ地区だったんだ」
コーヒーの導きはさらに続く。ツリーハウスの候補地を探すマットたちを現地で迎えたのは、一面に広がるコーヒー農園の風景だったのだ。それもそのはず、彼らの目指した立地とは、高地で、暑すぎず寒すぎず、適度な湿度のある森の中——まさにコーヒー栽培に理想的な気候条件そのもの。現地では、環境に配慮したコーヒー栽培を行う生産者たちと出会い、生産の仕組みや彼らが抱える経済的な障壁、そして一杯の裏側にある思いを知ることになったとマットは語る。
「でも、パナマ滞在中に起きたリーマンショックの影響でツリーハウスの資金計画は白紙に戻ってしまってね。急遽 2 度目の家族会議を開いて話し合ったんだ。これから自分たちは、どんな未来をつくっていきたいのかって。そのとき出た答えが、『人にも環境にもポジティブな循環を生む事業』を作ること。そこから、パナマで出会った生産者たちのコーヒーを、大好きな自転車で届けるというアイデアが生まれたんだ」
帰国後、彼らはさっそくパナマ産の生豆を取り寄せ、コーヒー豆の販売・配送ビジネスをスタート。サンフランシスコ中のオフィスをアポ無しで回り、少しずつ卸売先を開拓していった。並行して、毎週土曜日はファーマーズマーケットへの出店、金曜日には無料で街の人々にコーヒーを振る舞う「フリーコーヒーフライデー」を開催。オンライン販売や広告に頼らない、自分たちの足と言葉で紡ぐフィジカルなつながりを、地元コミュニティへと広げていく。やがて、運ぶコーヒー豆がカバンに収まらなくなると、自作のサイクルトレーラーを導入し、現在の配送スタイルが確立。サンフランシスコの風景に欠かせない、コーヒーの香りを纏ったコーヒーメッセンジャーが誕生した。
サンフランシスコから東京へ
彼らの取り組みが太平洋を越えて日本へと広がったのは 2012 年。きっかけは、メッセンジャーバッグのイベントで、Bicycle Coffee のクルーと出会ったサンウエストが、彼らの事業と思想に強く共鳴したことだった。「僕らが海外ブランドと提携する上で大切にしているのは、相手の知名度ではなく、その裏にいる人々の思いです。Bicycle Coffee と出会ったときは、まさに人に惚れたという感じでしたね」と話すのは、Bicycle Coffee Tokyo の立ち上げメンバーでもあるブランドマネージャーの成田裕作さん。「アウトドアブランドを中心に輸入販売を手がけてきたサンウエストにとって、飲食ブランドとの提携は初の試み。それでも迷いなく踏み切れたのは、目先の利益ではなく信念を大切にする彼らの姿勢に共感したからです」。
その後、成田さんをはじめとするサンウエストのメンバーはオークランドへ赴き、焙煎や自転車での配送を体験しながら、ブランドフィロソフィーを肌で学んだ。こうして翌2013 年、東京・金町にて Bicycle Coffee Tokyo が正式に始動。本国と同様にトレーラー付きの自転車に乗って、卸先や地元コミュニティに高品質かつ倫理的なコーヒー豆を届けるコーヒーメッセンジャーが東京の街を走り始めた。
創業当時は、オーガニックやサステナビリティという言葉が今ほど一般的ではなかった時代。それでも Bicycle Coffee Tokyo では、有機栽培されたフェアトレードコーヒーのみを取り扱い、コーヒーバッグには生分解性素材を採用するなど、静かに一貫した姿勢を貫いてきた。「いい意味で頑固者であることが、僕らのスタイルなのかもしれません」と語るのは、同社でカフェ運営とメッセンジャー業務を担う清水大輔さん。「まずは行動で語ること。たとえ気づかれなかったり、時間がかかったりしても、自分たちのスタイルを曲げずに貫くことで、自然とそのポジティブなサイクルは広がっていく。それこそが、マット自身が体現してきたことですから」
広がる “サイクル” の輪
数回の移転や改装を経て、今年 3 月、Bicycle Coffee Tokyo は金町の地にリニューアルオープンした。1 ~ 2 階には広々としたカフェスペースと焙煎設備に加え、運営元であるサンウエストの直営ストアやオフィスを併設。3 階より上は賃貸住宅として運用されており、コーヒーとコミュニティ、そして住空間が交差するカルチャーハブとして、金町に新たな風を吹き込んでいる。
本国の強いブランドバリューを継承する Bicycle Coffee Tokyo だが、同時に日本独自の試みも随所に見られる。たとえば、カフェで提供されるパン、ソーセージ、サラミやビールといったメニューは、すべて彼らのコーヒー豆の卸先のブランドから仕入れたもの。つまり相互取引が成り立っているのだ。
「自分たちが信念を大切にしていれば、それに共感するブランドが自然と集まってくるし、結果的に彼らのプロダクトはいいものばかりなんです」 と清水さん。「僕らの事業は単なる豆売りではなく、マットの思いに端を発する Bicycle Coffee のポジティブなサイクルを広げていくこと。この広々としたカフェスペースは、そのサイクルを体験できる場そのものなんです」
サンウエストが事業展開を手がける海外ブランドのつながりを活かし、シアトル発のドリンクウェアブランド MiiR とのコラボ商品な ど、Bicycle Coffee Tokyo のオリジナルグッズも幅広く展開。また国内外のサイクルブランドと連携したグループライドイベントの企画・運営など、日本のサイクル文化の活性化にも積極的だ。こうした海外ブランドのローカライズに止まらない Bicycle Coffee Tokyo の活躍を支えるのは、国境を超えた強い信頼関係だとマットは語る。「根底にあるバリューを深く共有できていれば、ブランドの一貫性は自然と保たれるし、違いはむしろ強みになる。日本の仲間たちがそれを教えてくれたよ。僕にとって、 Bicycle Coffee Tokyo は本国のフランチャイズではない。むしろ、“家族が増えた” ような感覚なんだ。実際、僕にも日本のメンバーにも家族ができて、僕らの子どもたちも今では友達同士。比喩ではなく、本当に家族も増えているんだ」
日本での 10 年の集大成とも言える Bicycle Coffee Tokyo の新店舗は、未来にさらに大きなサイクルを描いていくための “スタート地点” でもある。そして、その広がる輪の中心には、いつだって変わることのない信念がある——それは、自転車に乗って、コーヒーを届けること。オークランド、そして東京の街には、今日もきっとコーヒーの香りとともに、新たな物語が運ばれている。

この記事は、Standart Japan第33号のスポンサー、Bicycle Coffee Tokyoの提供でお届けしました。
2025年4月に開催されたBicycle Coffee創業者、マシュー・マッキーを迎えたイベント「Meet the Founder」の記事もぜひ併せて読んでみてください!
Text: Takaya Tokuyama
Photos: Keisuke Osaka
